――2018年の著書「リベラリズムはなぜ失敗したのか」は大きな反響を呼びました。いわゆる左派リベラルに限らない「自由主義」の失敗を論じていますが、どういうことでしょうか。
「自由主義が危機に瀕(ひん)しているのは、その理念を実現できなかったからではありません。むしろ、完全に成功したからこそ失敗したのです」
「過去数十年間、米国の左右両派は、まるで共犯関係にあるかのように『個人の解放』を推し進めてきました。左派は社会や文化の面で、右派は経済の面で。それぞれ、伝統や地域共同体のくびきから、個人を切り離すことを優先課題としました」
「民主、共和の両党が自由主義を訴え、米国民には事実上、それ以外の選択肢がありませんでした。その結果、かつて健全だった中産階級や地域社会は破壊され、歩いて生活できる安全な街はぜいたく品となり、私たちは、歴史上最も孤独な社会を生きています」
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米国の自由主義は失敗した ポスト・リベラルの支柱が語る保守の行方
https://digital.asahi.com/articles/ASV6Z0FYXV6ZUPQJ00FM.html?ptoken=01KYZPJCKHRNYPB68AK10BFWE4
「今月の一冊」は「『リベラル』のゆくえ」を特集した、「現代思想」7月号である。
政治学の大井赤亥は、2017年の立憲民主党の登場によって、日本の「リベラル」が護憲とアイデンティティー政治を軸とする立場として明確になったと指摘する。しかし若者にとっては、理念よりも目先の生活改善のほうが切実であり、リベラルの「根本的解決」を掲げる姿勢が現実の改革を遅らせる保守性として映るという逆説がある。
リベラルは「若者はだまされている」という見方から脱却できず、経済や産業政策への対応を後景に退けてきた。自己刷新には、統治の担い手として経済と行政に責任を持つ姿勢が求められるという。
これに対して、公法思想の藤崎剛人は、「なぜリベラルはダメなのか」という批判そのものの妥当性を検討すべきだと述べる。
一例として、東京大学の五月祭で参政党代表の神谷宗幣による講演会が中止となった際、神谷の登壇に抗議した人々に対して、多くのリベラル派が「言論封殺」と批判したことを挙げる。藤崎は、こうした批判は実態の疑わしい「キャンセル・カルチャー」に対するパニックにほかならないとして、リベラルを自任する知識層が「リベラル」に反省を促す言説を広める傾向に対して反論する。
水に落ちた犬をたたくがごとき、ネット空間をはじめとするリベラルへの言いたい放題を前にすれば、「リベラル批判」の是非を問い直す藤崎の視点は重要である。
他方で、それは大井が指摘するリベラルの課題を否定し去ったとも思われない。批判の妥当性を吟味しつつ、現実的な統治能力を備えたリベラル像を模索することが求められている。
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象徴は信頼あってこそ 改正皇室典範を考える 谷口将紀の論壇時評
https://digital.asahi.com/articles/ASV7X218HV7XUCVL05TM.html?ptoken=01KYZPV0Z7T27T8MHR1FMY494F
まあ例によってまた大衆が馬鹿なんだということにして反省しないんだろうけど
でも実際馬鹿じゃね?
ショート動画で何か分かった気になってヤフコメに集う人たち、高市さんに騙されたとか言ってしまう連中
騙されてんだろ🤭
立憲、れいわ、共産が政権とったら騙されたとなる人達に言われてもね
そいつらに騙されて平日昼間からタケナカガー小泉ガートカゲガーアベガーしてた人生終わってるバカどもに言われてもなぁ
維新応援団の朝日が言ったから何なん?産経が言ったからと言っても何も思わないのと同様に何も思わんが
嫌儲で平日昼間からアベガートカゲガーして荒らしたりな
あんな奴ら日本国民に嫌われるだけに決まってるのに
やめたれw
いやだから責任取ってるのか
意見が違うだけで制裁を加えてくる社会的な脅威になってしまった
その時からリベラルの衰退が始まる
SNSで四六時中罵詈雑言吐くリベラルの現実が可視化され忌避された
野党共闘なる愚策で野党を崩壊させた
偏差値28号とか言われてクソバカにされてたよなw

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