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https://digital.asahi.com/articles/DA3S14975008.html

モノレールと鉄道の「秩序」　原武史

２００３（平成１５）年８月１０日、沖縄都市モノレール（ゆいレール）の那覇空港―首里間（１２・９キロ）が開業した。私は開業した日にわざわざ乗りに出かけた。

　沖縄本島には戦前まで鉄道があったが、沖縄戦で破壊されたまま復旧しなかった。戦後の米国統治により島内では道路が整備され、公共交通の主体は道路の右側を走るバスになった。１９７２（昭和４７）年に沖縄が日本に復帰し、７８年に左側通行に変わってからも那覇のターミナルを中心にバスが活躍した。モノレールは、多くの県民にとって島内初の鉄道に等しかった。

　どの駅にも改札口に「ゆいレール便利帳」と題する小冊子が置かれていた。利用する際の心得が記され、「列に並んで電車を待とう」「順序よく電車を降りよう」などの見出しまであった。まるで鉄道が初めて開業した明治の日本にタイムスリップしたようだと思った。政治学者の成沢光（あきら）が指摘するように、「（明治初期の）駅は公共の時間空間を創り出し、市民に教育する学校であった」（『現代日本の社会秩序』）からだ。

　しかしこの認識には啓蒙（けいもう）のにおいがつきまとう。必ずしも時間通りにバスが来ず、来れば一斉に乗り込もうとする沖縄の習慣を遅れたものと見なし、決められたダイヤにしたがって人々の動きが秩序立てられるのが近代的だとする価値観があるからだ。果たしてそれは正しい価値観なのかを自問したとき、韓国での体験がよみがえった。

　元号が昭和から平成に変わった８９年１月、私は初めて韓国を訪れた。ソウルの地下鉄に乗ると、「ソウル駅」という駅のほかに「高速ターミナル」や「南部（旧貨物）ターミナル」という駅があることに気づいた。「駅」は鉄道の、「ターミナル」はバスのターミナルを意味した。

　どれも東京の地下鉄ではあり得ない駅名だった。高速ターミナルに行ってみると、ソウル駅以上に人々が集まり、各地に向かうバスがどんどん発車する。韓国では鉄道の電化が遅れる代わりに、沖縄と同じく米国にならって右側通行の道路網が確立され、時刻表を見なくてもすぐに乗れるバスが公共交通の主体として定着していたのだ。

　植民地時代の朝鮮半島では日本により鉄道の敷設が進められた。朝鮮総督が列車に乗って地方を視察する際には、天皇の行幸同様、沿線で人々が整列し、列車に向かって敬礼する光景が見られた。その光景自体が、日本の植民地支配を象徴していた。

　韓国で鉄道よりバスの方が発達したのは、鉄道が統治の手段として利用されたのも一因ではなかったか。鉄道が作り出す秩序を肯定的に評価できない歴史もあることを忘れてはなるまい。